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前田利家。その子孫がパティシエ?!

前田利家の言葉~人には出来不出来はあるものにて候~うぅん、いいねぇ。オイラはどちらかというと不出来なところがおおいかも?

「槍の又左」の異名を持ち、戦国の暴れん坊として有名な前田利家。そんな彼も他人の悪いところも受け入れてくれる広い心の持ち主だったことを表す言葉じゃなかろうか

利家の失態としては信長近衛の赤母衣衆としてエリート街道を突っ走るも、信長の新しいお気に入りの拾阿弥を殺して出奔しちゃったこと。

桶狭間や斎藤氏との合戦で戦功を立てて帰参を許されるけどね。ここでまた利家語録を。「多くの人を殺めたとはいえ、わしは一度たりとも不義の戦をしたことはない。地獄に墜ちることはあるまい。されど、もし墜つれば、それはそれ、先に戦死して逝った者どもを集めて、地獄の閻魔を相手にもう一合戦してやろう」←暴れん坊全開(笑)

前田利家は大柄で6尺、つまり180cmともいわれ、当時としては大きな人だった。 今の時代の感覚で言えば、歴史に名だたる武将たちは小柄ぞろいっだたに違いないし何でも人力で生活し運動量が多かった昔なので、筋力は今より相当あったと想像される。

もし利家が生きていれば関ヶ原の合戦が起きていなかったかもしれないというのもなんだか納得。おそるべし 「槍の又左」!

有名なエピソードとしては織田信長とモーホーな関係だったこと。先述の拾阿弥てのも信長の男色相手。利家のジェラシー炸裂だったんかな

妻まつとのバカップル夫婦ぶり...おしどり夫婦ぶりも有名ですね。大河ドラマもあったしね

また地元北陸の 言い伝えでは、 前田利家 が妖魔・九万坊集団を押し込めたそうで、 前田家墓所 のある 野田山 がちょうど「 結界の蓋 」のように見えるそうです。

伝説は 一向宗 の駆逐とともに・まれたようで、 一向宗 と 九万坊集団 とはなにか深い関係にあったようです。なんかちょっと興味わきませんか?悪魔退治しちゃったのかな?なんてね

戦国時代の武将!前田利家。その子孫の方がパティシエらしいという情報もあり。 戦国武将が大人気の今、そのパティシエが作るシュークリームのお味はいかに?!食べてみたいなぁ

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